疲れている
私のメンタルは崩壊している。
家族にも迷惑を掛けてしまう。
もう消えてしまいたい。
みんな幸せに生きて欲しい、私も穏やかながら幸せに生きたい。
ずっとそう思っている。
私には家族を持つ事がそうでは無かったんだろう。
すいません。
でももう限界です。
上手くやれなくてすいません。
嗚呼、病んでるな。
怪我の治療 2025〜2026 後編
年明け辺りの事なぞ遠い昔の様な気さえしてきているが、忘れる前に記していく。
3日のヤリイカ釣行を終え翌日は休み、5日が実質的な仕事始めであった。とはいえ閑散期の仕事始めなど大してやる事もなく、ダラダラと終了。翌6日(火)から13日(火)までが有給であった為、実質5日が仕事納めと言っても過言ではなかったのだが、今更どうだっていい。
6日は待ちに待った整形外科受診であり、首、肩の具合を思うと神にも祈る様な気持ちでこの日を待っていたのだ。この時点では帯状疱疹はほぼ完治、ぎっくり腰はやや痛むが良い事にする。首、肩はやっぱり痛い(余談だが歯も痛む)。既に痛んで半年あまり、頭痛も誘発するこの痛み。良化することなく時間が経過すればする程に不安は増すばかり。
そして今ここ、である。
今回受診する整形外科は、以前腰の椎間板ヘルニアを治療していただいた国立盛岡医療センター、そこの整形に名医が在籍しており、腰に続き首、肩も治療して頂こうと思った次第。
久々すぎる受診につき予約は不可との事だったので、新患として朝から順番待ちする事に。さすが名医のいる整形といった感じで、気づけばあっさり2時間経過。覚悟はしていたがこのまま午後の診察に回されるのか?と嫌な予感がした所で呼ばれた。
診察室へ入ると、「先生お久しぶりです」と挨拶を交わす事もなく、どういう状態ですか?と何となくドライな感じで診察が始まる。
状況を説明し、触診からのレントゲンとCTスキャンを撮る事に。
程なくして結果からの判定が下される。
私個人の見解では、まず骨の異常はマスト。
悪ければ首の骨折も視野に、間違いなく唯では済まない状況である事はほぼ当確。
帯状疱疹すらここから派生したと思っている程の異常事態なのだが…
結果は「骨にも神経にも異常はありません」
えっっ!?嘘だろっ?
と口から溢れそうになったが、そこは黙殺。
診察結果を祈る様な気持で粛々と受け止めた。
やはり怪我の発生から時間が経過し過ぎている事が致命的、その時の衝撃で痛いのかもしれないけどもはや原因は不明との事。先生もだいぶ呆れ気味「今更なんなんすか?」という具合で完全に引いていたし、労災使ってずっと痛がって延々治療したがる人もいるからねぇ…と労災がネガティブに拍車をている感じもあった。
先生が私に対してどんな印象を持って診察にあたっていたのかは定かではないが、これ程まで患者に対して寄り添わない医者がいるのか(泣)と絶望した。
言いたい事は山程あったが、私は労災を盾に延々治療する様な輩ではない。
弁解する気も起きなかったが(この場面で弁解しようがないとも思ったので)
「それでも痛いんです」と涙ながらに伝え、何とか治療を…と訴えたが、先生からは「どこが悪いかも分からないのに治療なんかしようがない!」と更に突き放された。
とりあえず薬だけ出しときますよ、と捨て台詞の様にボソッと伝えられ診察を終えた。
本当に腰の治療をしてくれたあの時の先生だったのか?と疑いたくなる程冷たい対応で悲しくなったが、恐らく夢ではない。
希望を持って年を越し、やっと治療まで漕ぎ着けかと思ったらこれ。今思い出しても悲しくなってしまう。
幸い骨にも神経にも異常がないという事で、骨折やヘルニア、分離症や滑り症の様な症状ではなかった、という事だけは救いなのかもしれないが、今後の治療はないという事で希望は打ち砕かれてしまった。
もらった薬は神経痛を和らげる薬なので、飲んでいれば治るという感じではない。とりあえずの痛み止めだが無いよりはいいだろう、と悲しい思いを抱えながら帰路についた。
今回の一件で思ったのは、タイミングが大事という事。
怪我をした直後に病院へ行っていれば、労災だって比較的スムーズに適応され、治療箇所が原因不明なんて事にはならずに済み、相応の治療をして完治へ漕ぎ着けたに違いない。
それが、下手に我慢なんぞしたもんだから可怪しくなったのだ。
怪我して半年してから労災で病院に治療に来るやつなんて、確かに普通ではない。
という判定もあったのだろう。
ここからの治療は自分でするしかない。
調べた所むち打ちの様な症状である事が分かったので、腰のコルセットに続き首のコルセットを薬王堂で購入した。
そして幸いにも処方してもらった薬は、これでもかという位バッチリ効いた。
首はコルセットで安静にし、薬で痛みを和らげること1ヶ月。
状態はだいぶ改善された。
今の所まだ薬は手放せないが、受診前とは比較できない位状態は良い。完治にはまだ時間は掛かりそうだけど、治療に繋げた事で何とか前向きになれた気がする。
1月2日 続・ぎっくり腰
今日から2月だというのに、まだまだ年明けの話。
2日は仕事始めにも関わらず、昨日のぎっくり腰により最悪のスタート。そもそも首の怪我の件もあった訳ですから「無理はしない」これが大前提だったはず。いや、しかし今日この1日を乗り切れば明日、明後日はまた休みだよな?更に言えば次の5日の出勤のあとは13日まで大型の休み取ってるし。。。
ここは多少我慢してでも、行く方が無難では? 一応仕事始めだし、だいたい1月2日に仕事休む連絡なんて年明け早々ダルすぎる。
幸い腰はお爺さんの様な角度に折れてはいるが、歩く事はできるし、年明けの仕事量を考えれば(ヒマ)多少の我慢で乗り切れるだろ。
などと自問自答の末、とりあえず痛みは無かった事にして出勤する事に。
午前中は配達につきトラック運転からスタート。。。。この日は朝から天気も良く☀️市内はガラガラの道路状況だった為、とりあえず気持は良き😊
だが、そんな気持とは裏腹にやはり腰は痛い。思った以上に痛むのである。
更に年始早々から降り積もった雪が凍り、腰痛には大変よろしくない路面状況も塩梅の悪さに拍車をかけた。
午前中にあっさり限界を悟った私は、配達帰りの道中で近所の薬王堂(ドラッグストア)へと赴き、腰のコルセットを物色。
他のドラッグも同様なのかは不明だが、薬王堂では各種コルセットの試着が可能だった為、本当に助かった。
新年早々ではあったがコルセットコーナーの混雑は皆無。というか薬王堂自体も空いていたので静寂の中ありとあらゆるコルセットを試着させて頂き、ブラックのスタイリッシュなコルセットがしっくりきたので、購入する事に決めた。
これなら万が一露呈するような場面があったとしてもお洒落で格好いいし、むしろ自ら見せても良い。令和の世はジジイが装着するコルセットすらスタイリッシュなのだ。
少し気持を盛り上げたが、現実には家族以外にコルセットを露呈する場面なんて万が一どころか億が一にもない。あったとしてもトイレで同性に見られる位のもんだ。
万が一、本当に万が一イヤらしい意味でそんな場面に遭遇したとしても、残念ながらこの腰の具合では、全く役には立てないだろう。
昨日のイオンではケチってウィンドウショッピングに徹していた人間が、新年の初買い物が腰のコルセットという流れの悪さにウンザリした。
午後はパートのマダムにぎっくり腰と身体の具合をイジられ、「散々ですね」のお墨付きをいただく。
全くその通りで、ぐぅの音も出ないとはこの事だろう。
今思えば休まなかった事もそうだが早退しなかった事も、自分を褒めてやりたい。
2026年元日
新年一発目のお話し、という事になりますが時は既に24日。
読んでいただいている方々には本年も何卒よろしく、という事で今回も記憶を呼び起こしながら元日の出来事を綴らせていただく。
大晦日は猛烈な二日酔いから始まった訳だが、流石に年越し時点では治まり、紅白を見ながら年越し蕎麦として用意していたカップヤキソバを食いながら何となく新年を迎えた。
元日も朝から日の出を見に行ったり、早速お参りに行ったりする様な高尚な人間ではないので、ボンヤリ目覚めて2026年も相変わらずのスタート、この流れこそ本来の調子が出ると言えよう。
そしてここ数年、我が家の元日といえば昼から酒盛り&ゲーム三昧というのが恒例となっている。
大晦日も酒盛りな事を考えると、絵に描いた様な酒浸りの日々である。
何か違いがあるとすれば、食べ物。
●大晦日=年内に食べ残した物を食べ尽くす。
●元日=おせちを食べる。
これが唯一違う。
年明けは「おせち」、聞こえはいいし何となく品のある感じもいい。
圧倒的な年明けの呼び水、「おせち」である。
しかしながら、我が家で言う「おせち」は元日に食べる物、という位置づけだけの物につき一般的な風呂敷&重箱、中身はなますに伊達巻、栗きんとん🌰ローストビーフもあり〼とは全くイメージが異なると言っていい。
我が家のおせちは風呂敷ではなく紙袋に入り、尚且つ紙に包まれて、ジャンクでスパイシーな香りを放つ、そうハンバーガーである。
毎年マックで好きな物を好きなだけ注文してテイクアウト!帰ったらそれをツマミにほろ酔いでゲーム三昧。というのが元日の恒例。
今年は近くのイオンにバーガーキングができたので、マックではなくそちらで買い揃える事に。2026年元日は、祝ワッパー祭である。
元日のイオンの混雑といったら言うまでもなく、目指すはバーガーキングではあるが各々気になる物を物色し、あっちこっち歩き回り昼過ぎにはやっとこ帰路についた。
帰ったら熱々のうちにワッパーを食べたい、はやる気持ちを抑え手洗うがいをし、家着に着替えたら宴会の開始!と意気揚々に着替えをしていた所、、、、腰がギクッ、、、
うっ(´;ω;`)ウッ…
嗚呼。
これはぎっくり腰や。間違いない。
ズボンをジーンズからスウェットに履き替えたタイミングにギクッ💦
後方がベッドだったので思わず寝転んだ、寝転んだら起き上がれなくなった😩
パパ早く食べよー\(^o^)/
息子の呼ぶ声、今行くーと返すものの寝転んでから起き上がれないのだ。
何という事だ。
ベッドの上で左右にゴロゴロしながら何とか起き上がったが、腰を伸ばすことができず爺さんの様な姿でリビングへと舞い戻った。
腰やっちゃいました、、、😩
皆、またかと呆れながらも心配してくれた。
ワッパーはとりあえず美味しかったが、腰がヤバい。加えて言うと首も肩もまだ痛い状態。
そして今度は腰も。
唯一、帯状疱疹が良くなってきていた。これは自分にとって心の支えの様な感じで、良くなってきたなー、2026年は首も肩も少しずつ良くしていきたいなー、と思っていた矢先。矢先中の矢先の腰。
まさに腰砕け。
そして翌日2日は新年一発目の仕事、仕事始めなのに圧倒的暗雲。
年明けはめくるめく有給ラッシュ(6日〜13日が休み)を予定している為、休みでもない日に休む訳にはいかないのだ。
首、肩に続き腰も死亡。唯一帯状疱疹は良くなってきた。これが元日。
更に言えば、昨年に治療を中断していた虫歯もけっこう痛んできている。
いったい私の身体はどうなってるのか。
2026年は圧倒的暗雲からのスタートだ。
2025年 年越のお話し
2025年の12月31日のお話し。
仕事納めは12月30日。仕事柄大きな連休はこの時期に取りづらいため、暮れは31日と元日がお休み。たった2日ではあるが年越しムードに乗っ取り、仕事納めの30日は帰りにスーパーへ寄り道し賑わいのなか寿司、その他ツマミを購入し足早に帰宅。帰ると即座に今年もお疲れ様でしたの宴会準備を開始。
もちろん準備の段階から飲み始める。
これがたまらない🍻
妻が帰宅し、宴会が始まり驚く程に酒がすすみ、何杯飲んでもうまいぞ!という状態に。
まさにゾーンへと突入し寿司、ツマミ、酒の無限ループに突入。
もう全てが美味い。
これは年越しが楽しみだぜー\(^o^)/🐎🐎🐎
酒盛りをしながら明日の予定を確認。
31日は家族4人、各々が「25年中に食べそびれた食品を食べ尽くそう!」と前々から話しており、午前中から買い出しに行き午後は早い段階から酒を伴うパーティー👯という事で話しはついた。
年越しへ向けて最早楽しみは尽きる事がない♪
その後もどこに買い物に行こうか、何食べようかで散々盛り上がって30日は終了。
そして31日、さぁ買い物だ!
の前にちょっと待って。。。
嗚呼
猛烈な二日酔いだ。
朝目が覚めた段階で、布団の中でスグに気づきました。
これは絶対アカンやつや。
2025年最大の反省と言ってもいいだろう、午前中は何をしてもダメで気絶して終了。
嗚呼
他の家族は私を残し、冷めた目で呆れながら買い物へと出掛けて行った。
午後には気を取り直して、と言いたい所だったが昼を過ぎても具合はなお悪し。
というのも、帯状疱疹を患って以後、身体を気遣って酒を断っていたのだ。それでもって解禁と同時の暴飲 ⇒ 死
である。
2025の締めくくりである大晦日は最悪の始まりとなった、、、もはや昨晩の盛り上がりが懐かしくすら感じる始末。。、🫠
午後も気絶し続けていたが、やっとこ15時くらいに動けそうな気配。
当初の予定からはだいぶ逸れてしまったが、一番近くのスーパーへ買い出し第二弾へ皆に着いてきてもらい、晩のご馳走の準備を済ませる。
年越しだというのに酒は勿論なしだ。
晩の私のご馳走は鰻、焼鮭、ブリカマ焼き、焼肉、白飯。というラインナップだったと思う。
他の家族も各々に好きな物を食らっていたが、何を食っていたかは覚えてもいない。
年越し蕎麦はカップ焼きそばのUFOを食って締めくくった。
およそ年越しとは関係ない食べ物ばかりだが、我が家では年々こうなってきている。寿司も刺身もすき焼きも、食いたきゃ勝手に食えばよいのだ。
そしてできることなら万全の体調で過ごしたかったが笑、残念ながら叶わず。早速2026年の課題が出来上がった次第。
身体の具合はというと、帯状疱疹は薬が効いて良化。あと少し!という感じ😌
首、肩の慢性的な痛みは相変わらず痛い、けど新年は6日に整形外科を受診する事が決まった。
ここの整形外科は以前、もうかなり前になるが(10年前)腰を痛めた時に手術、術後リハビリを経て椎間板ヘルニアを寛解していただいた名医を擁する最高の病院だ。
2026年はとりあえず、希望を持って迎えられる!
と思っていた暮の出来事。
続く。
怪我の治療2025〜2026 中編
前回からの続き。
首、肩の怪我については仕事中の出来事であった為、やはり労災の申請をする事にしました。
怪我をした時期が8月という事もあり(この話しは12月末)… とりあえずは上司に相談という名目で事の経緯を説明、、、
上司からは「いったい今まで何してたんですか??」と呆れられた。
まさにその通りだ。
理由を話すとすればただの1つ。我慢してました。
魁男塾の見すぎかもしれない。
上司「状況は分かったけど、社内的に労災として認められるかどうか分からないよ?」
それも当然だ。
だからとりあえず相談、という名目で話しをさせていただいた。難しい様なら労災は諦め、勝手にでも治療をするしかない状況。
そしていくら調子が悪く切羽詰まっているとは言っても、「労災を使うからな!」や「これって労災だよな!」などと口が裂けても言う事は出来ない。令和の時世でそんな発言をしようもんなら組織に属する者としては大失格。ヤバいやつの烙印をヤキゴテで押された挙句、周りから永遠に口を利いてもらえなくなるだろう。
自分でお金を払うのは馬鹿臭いとは思ったが、窓際の中年オジだとてそんな覚悟はもちろんない。
そもそも労災という物をネガティブパワーワードと認識している為か、海の底よりも下からいかねば誰にとっても割に合わないだろう、くらいに思っている。それが正解かどうかはさておき、社内での問答は実を結び、奇跡的にも労災として認めていただく事となった。
年の瀬という事で何かと慌ただしい日々の中ではあるが、痛みは治まることを知らず。一刻も早く病院へ行き治療を開始したかったのだが、はやる気持ちとは裏腹に年越しを迎え、病院どころか開いているのはイオンかパチンコ屋という状況となり、無念のまま2026年を迎える運びと相成りました。
ここからまだまだ災難が続くとは思ってもいなかった大晦日くらいのお話し。

